読み手が、内容を理解に集中できる文章を、書くために意識していること
名古屋から帰ってきました。今日は僕がブログを書くときに気を付けていることを書きます。
※ネタ出しについては別に書きます。
どんなタイトルだったら読んでもらえるかな?
僕のブログは他の人に書いてもらう事を意識して書いています。一人でも多くの必要な人に読んでほしいので、必要な人が、
- タイトルを読んで内容がわかる
- タイトルを読んで興味が湧く
そんなタイトルがないかなと考え、そんなタイトルを付けています。
書く前に仮のタイトルを付けて、書き終えた後に再度文章に適したタイトルを付けます。
そのテーマに対してどこから書いたら読みやすいか?
タイトルを読んで、その記事を読んでくれた人は一体何が一番最初に知りたいだろう?それを考えて、基本的にそれを書いています。
- きっとこんなことを知りたいよね?
- 付随してこんなことも知りたいかな?
そんなことを書いていきます。
基本、人に話すように書く
普段の会話で話す順番に書くようにしています。相手が知りたいことを先に言うこともあれば、経緯を先に言うこともあります。
それは話の内容や、その時の状況によります。僕が話すならこの順番。って思える順番にすることが多いです。
これはブックライター塾主宰の上阪徹さんが教えてくれた極意の1つなのです。
わかりやすく書く・怪しい言葉を極力使わない
文章で常に気にかけているのが、判りやすく書くと言う事です。特に以下の点を気を付けています。
- 論理の飛躍はないか?
- 言葉が曖昧でないか?
- 誰にでも一意に理解できる内容か?
人はついつい、便利な言葉を使って文章を端折ろうとします。例えば、代名詞。これ、それ、あれ、こっち。でももしもよりわかりやすい言葉で補足できるなら、そちらを使う意識があります。
そうすることで読み手は、この代名詞は何を指しているのか?を考える必要がなくなります。
曖昧な言葉はできるだけ、具体的な言葉にします。
例えば「エネルギー」という言葉、とても良く見られますし、色んなことを指すので便利な言葉なんです。でももしもエネルギーが「時間をかける」という意味ならそう書きますし、「集中する」ってことならそう書きます。
お金という意味かもしれませんし、身体中に力を入れるかも知れないし、全速力で走るかもしれません。逆にそれらのもの全体を指すのが適切であれば「エネルギー」と書く事もあります。
不自然な言葉、違和感のある言葉を使わない
もうひとつ、違和感を感じる言葉、難しい言葉を使わない。例えば「波動」とか「量子力学」という言葉。物理学者や、理系の学生が学問の文脈で書くのは特段違和感を感じません。読み手もこの言葉の意味をわかって読む人が対象であれば問題ありません。
ですが、スピリチュアルな文脈の中で使われるこれらの言葉には、とても違和感を感じます。それは読み手の多くがこれらの言葉をきちんと理解していないと想定できるからです。読み手が理解出来ていない言葉を使うのは、読み手のことを考えていない書き手のエゴだと僕は思います。
そんな読み手が知らない言葉を乱暴に文章に書くことは、読み手の頭を混乱させる効果はあっても、読み手に理解する手助けになる事はありません。
往々にしてこの様な文章には「怪しさ」「嘘くささ」が漂い、そこで読者が離れていくと思います。
何度も読んで、わかりやすさ、スムースさを確認する(推敲)
文章を書きながら、そして出来上がってからも、何度も書いた文章を口にして、声に出して読みます。違和感がなくなるまで何度も書き直します。
上に書いたことが出来ているか?読みながら違和感がないか?に注意しながら違和感なくなるまで書き直します。「てにをは」にも注意を払い、同じ意味の言葉でもその文脈に一番ふさわしいことががあるならそれを使うようにします。
適宜、絵やリンクを入れる
文字だけの文章ってやっぱり疲れます。特にWebサイトだとそれを感じます。僕は読みやすいように、適切な位置にその文脈にあった「挿絵」を入れます。
変化を出して、何処まで読んだっけ?が容易に把握できるように注意を払います。
文脈にあっていればどんな絵でも良いわけでなく、見ていて面白かったり、ステキだなと思える絵を入れています。
相手のための文章とは?
これだけ多くの情報、Webサイトがあると、読みづらい文章はどんどん読まれなくなります。トピックが興味を持てるものであることはもちろん、読みやすさにも細心の注意をはらいます。
上に書いてきた、これらの配慮をすることが総じて「エネルギーを文章に込める」ことであって、読み手が内容を理解することに集中し、かつ学びや気付きが得られるように最大限の配慮をする。こんなことを意識しています。
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