【アドラー心理学】叱らない、褒めないとはどう言うことか? 岸見一郎先生の講演会に行って来ました。

Print Friendly
この記事の所要時間: 57

イチローファンクラブのお友達(笑)に教えてもらい、神奈川県薬剤師会神奈川県病院薬剤師会主催の市民講座@パシフィコ横浜に行って来ました。1000人収容の大ホールです。タイトルは、『嫌われる勇気』に学ぶ。岸見先生、いつもお話ししている基本的な事を1時間で話して下さい。と言う依頼なんだと推測します。

(※本記事気に入ってくれて、嫌われる勇気まだ持ってないけど買って見ようかなと言う人是非以下のリンクから(^_^))

新幹線が遅れたこともネタ

ご多忙の岸見先生は本日の新幹線で京都からいらして、本日帰られるそうです。ピーカンの横浜ではわかりませんが、京都〜静岡に掛けては広い範囲で結構雪が降り2時間遅れで到着。会場到着がギリギリだったらしく、そこからお話しは始まりました。

新幹線がいくら遅れているからと言っても、新幹線の中で走っても1秒たりとも早く到着することは出来ないんですよね。自分の中で出来ることと、出来ない事を切り分けることが大事です。出来ることと言えば主催の方に連絡をする。くらいです(笑)

さすがイチロー。講演会慣れしとるな(笑)

 

嫌われることとは自由に生きること

「嫌われる勇気」と言うと誰にも彼にも嫌われろっ、て言う事ではありません。でも人の人生を生きる必要はない。

例えば、親が眉をひそめるだろうって思って、無理して何かを我慢する必要はないと言う事です。親の顔色を伺って、例えばフランスに料理の修業に行きたいのに、言い出せずに、一生懸命勉強して有名校に合格して親を安心させる。と言う事は親の人生を生きていると言う事です。

自分の好きな事をして、その責任を自分で負えば良い。

僕が大事だなと思うのは、「責任を自分で負う」と言う意識です。好き勝手やったあげく、うまく行かないのは他人のせい。誰かの言う事を鵜呑みにしてやってみたらうまく行かない。それはその人のせい。では人生うまくはいきません。

 

人からの評価と自分の評価は違う。

例えば何社も就職活動の時に受験して落ちたとします。それで自分は駄目な人間だ。と思う必要は無いと言う事。ただたんに、この会社は自分を必要としていないと評価しただけに過ぎない。と捕らえると楽になれます。実際にそうなのですから。

 

自分に価値があるときだけ勇気を持て(ちょっと言葉違うかも・・・)

日本の教育ではありのままの自分ではいけないと教育されている。でもありのままの自分を大切にしたい。

『人間の悩みは全て対人関係の悩みである。』と嫌われる勇気では書かれています。

人と関わることで、人の悩みは起きます。だから、人と関わる事を辞め、または減らす人がいます。そうすることで、対人関係の煩わしさから逃げることが出来る。

だけど、人の喜びもまた対人関係の中からしか産まれない。

だから自分が自分の望みを叶えたい。何かをやりたいときに、その対人関係に入って行く勇気。それが「嫌われる勇気」

 

子供にせよ、部下にせよ、叱らない、しかし、褒めもしない。することは感謝すること

未だかつて、叱ったから行動が変わったって人はいない。それで改心することも無い。心の距離を遠くするだけ。でも多くの人は叱る意外に方法を知らない。有効な方法が無いので諦めて、また叱る。

言う事が正論であればあるほど言うことを聞かれない。

だから、叱って心の距離を遠くするなら、心の関係を近くしよう。叱る人に親近感は湧かない。

 

じゃあ褒めたら良いのか?違う。褒めてもいけない。

岸見先生の所にカウンセリングにきたお母さん。今日は都合が付かず、子供連れ。子供は3歳にもなれば状況を100%理解している。今、騒いではいけないのだな、という事を理解している。

であるなら子供を信じてあげる。信じてあげないと、親が一番嫌なタイミングで一番嫌なことをする。それが、自分に興味を向けさせる「叱る」行為に繋がるから。

終わった時に「良く静かで居たね〜。偉いね〜」と。これが良くない。

叱らない、褒めない。の答えを言う前にひとつ別のお話。

ある男性が岸見先生の所にカウンセリングにきた。(男性のカウンセリングは珍しいらしい)。

今日はどうやっていらしたのですか?と聞くと奥様に連れて来てもらったと。終わったら何とお声がけしますか?と聞いたら「連れてきてくれてありがとう。待ってくれてありがとう」

 

大人の場合だと「ありがとう」と言う。子供には「偉いね〜」と言う。この違いは何か?

視線が対等か、上下かと言う事。「偉いね〜」と奥様には言わない。そんな事言ったら「上から見ている」と思われ相手の気分は害す。子供も同じように「偉いね〜」では無くて「ありがとう」とお礼を言う。

「1時間静かにしていてくれてありがとう。助かりました」とお礼をいう。

これで子供は貢献感を感じる。人は貢献感があるときだけ、「自分に価値」があると思える。あなたには価値があるのです。と言う「勇気づけ」になる。「偉いね〜」と言った瞬間、子供は馬鹿にされたと感じる。

これほどまでに人間の承認欲求は強いもの。

 

どう感謝するのか?

高校生の息子が朝9時に起きてきた。当然学校は間に合わない。この状況でどう感謝するのか?
同じ行為の適切な面に注目すると、不適切な面に注目しなくてよくなる。

 

ありがとうと言われるために何かをするのは間違い

人から「ありがとう」と言われるのは嬉しいもの。それは間違いの無いこと。でもだからと言って、人からありがとうと言われる為に何か行動をするのは間違え。

ありがとうと言われたくて、看護師になりました。「ありがとう」と言われる場面も多いけど、救急の現場では、「ありがとう」と言えない場面の方が多い。

この場合、自分で貢献感を感じる。「自分はこの患者さんの為になっている」と。それで自分の貢献感を満たす。

 

(※)注意

この記事は、私、上田が2017年1月15日、パシフィコ横浜で行われた岸見一郎先生の講演を聴きに行き、取ったメモと記憶を頼りに書いたものです。その他にも過去2回ほど岸見先生のお話を聞いています。その点を考慮に入れ以下のことを考慮に入れた上でお読みになって下さい。

  • 本記事の記述が間違っていることがあるかもしれません。
  • 本記事の記述の理解が間違っていることがあるかも知れません。
  • 本記事の記述が岸見先生のおっしゃったことと違う事が書いてあるかも知れません。
  • 本記事の例えている例などは、講演会と違うものがあります。
  • 本記事の記述に、上田の想いが含まれている可能性があります。
  • 本記事の内容は上田が岸見先生のお話を聞いて「理解」したことであって、必ずしも全部の意見に100%同意しているわけではありません。

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


ページ上部へ戻る