ブログ, 書くことは、生きること。

沖縄のちょっと前から、他の事が面白くてブログにかけるエネルギーが低下中です。それはここ最近に記事を読めば伝わると思うし、端的に言えば写真や挿絵が無い記事があるのですぐに判ります。

それでもあえて何故書くのか?

そんなんなら、書かなきゃ良いじゃない?って声が聞こえてきそうです。今日まで1992日、毎日書いてきました。もちろん2000日は達成したいけど、そんなことよりも、書かなくなる事の方がデメリットがあります。

毎日書くとは、毎日自分に問いを向けると言う事です。今日良かったこと、学んだこと、気付いたことが1つも無い1日って多分無いのですよね。それを自分の中で積み重ねると言う意味があります。

さらに、自分の行動を促進します。何かネタを作ろうってなるんですよね。もちろんネタのためのネタってどうなの?って思います。ですが、なら●●に行こう!とか●●を体験して見よう!とか●●を買おうとかなります。

綻びが怖い

僕の回りに何人も毎日ブログを書いている人います。その人達に例外はありません。毎日必ず書きます。1日綻ぶと、ほぼ必ずもう1日綻びます。そうやって、どんどん綻んでいって、自分の人生のエンジンである、ブログが錆び付いてきます。

そして書かなくなる。その証拠に、1日絵や写真を挿入しない日が出来たら、そこから数珠つなぎに絵をつけない日が続いています。

そうなったら、元の木阿弥だと思うのです。

人によってアウトプットの形は違います。音にする人、言葉にする人、声にする人、歌にする人、映像にする人、絵にする人。でもアウトプットは必ず必要です。

それが社会への価値になり、自分の生活の糧になります。

もしもアウトプットが時間になったら・・・それは人生そのものを他人に売っているのかも知れません。

書かなきゃなのか?書きたい?なのか問題

良く、心から言葉が溢れてきたら書く。って言葉を聞きます。僕は、今溢れているかと言ったら溢れてないのかも知れません。ですが、そこで書かないと、錆び付くなってイメージがあるので、書かないという選択肢はありません。

時に、あれも書きたい、これも書きたいと言う時期もあります。でも、それは書き続けてたから、言葉が溢れるようになったのだと思うのですよね。

僕は書きたいときだけ書くとやったら、多分書かなくなります。自信があります。

だからこそ、毎日書くのです。書くことは僕の人生のエンジンです。

どうしたらこの問題が無くなるのか?

5100日以上、毎日書いている師匠は、この5〜6倍の言葉を毎日紙に書き散らしています。さらに発信は1日5分程度の留守番電話への音声吹き込み。

後はスタッフが書いてくれる仕組み作りが出来ています。

書く時間をしっかりと取ると言うことも大事です。そのために、仕事や生活をどうするのか?

どのようにしたら毎日書きたくて、書きたくて、仕方ない!様になるのだろう?

こんな問いを立てて今日は締めたいと思います。

こうやってまた1日ブログをかけました(^_^)